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わたしと榛原interview / lifestyle

榛原と金封 vol.2 金封の歴史

お作法・マナー

vol.2 金封の歴史

祝儀袋や、不祝儀袋の形で、使われる「金封」。

その原点には日本古来の生活文化である「折形」があります。
今回は折形に焦点を当て、金封発祥の歴史を紐解いていきたいと思います。

日本では昔から、金銭や品物を直接贈ることを避け、白の和紙に包む文化がありました。
この文化を「折形」といい、贈る品物によって包み方が異なる点が特徴です。

この「折形」を結ぶものが水引であり、遣唐使の小野妹子が帰朝した際、唐からの返礼使が携えてきた贈り物に結ばれていた紅白の麻紐が起源と言われています。
室町時代に「折形」は武家に定着し、また水引は和紙で作られるようになったと言いますから、この「包」と「結」の和紙の文化は長い時間をかけ発達、定着し、また普及したということになります。

この「折形」のうち金銭の贈与に用いられたものが金子包です。
現在の金封は「折形」の金子包を略式化したものと言われています。 金封の白和紙と水引には日本古来の「包」と「結」の文化が残されていると言えるでしょう。

金封に添えられる熨斗も「折形」と関わりが深いものです。 熨斗は元は伸した鮑であり、鮑は長寿をもたらす食べ物として進物には欠かせないものでした。
現在は形式化され、黄色い短冊が鮑を、それを包む白と赤の和紙がその「折形」である熨斗鮑包みをそれぞれ表しており、贈る相手の長寿を願うものです。

また、いわゆる金封とは雰囲気を異にしますが、ぽち袋も金封の一種です。
「ぽち」は小さい・少ないの意「ぽっち」が元と言われ、祝儀や心付等で少額のお金を渡す際に用いられます。

ぽち袋の起源は、花柳界や芸能界で心付を渡す際に金封同様に白和紙を折ってお金を包んでいたものが、やがて小銭がこぼれ落ちないよう紙の端を糊で止めるようになり、それが袋状に変化し、ぽち袋となったと伝わります。
またこの変化の中でぽち袋には趣向の面白さが求められるようになり、様々な図案や色鮮やかな摺り、機知に富んだ文字がぽち袋に表されることになりました。

熨斗も図案にあわせて姿を変え、贈る心と遊び心を伝えたものとなっています。

ご紹介した商品

榛原と金封 vol.1

榛原の金封